転職したほうがよいのか、今の職場で経験を積むべきか。先の変化に備えたい気持ちはあるのに、求人を見始めると選択肢が増えすぎて、何から決めればよいか分からなくなることがあります。
このとき必要なのは、変化に動じない性格か、将来を一度で正しく当てる力ではありません。変化が起こり得る前提で、今後を考え、判断し、情報を集め、必要な行動を試すための資源を持てているかを確かめることです。その視点を表す研究上の概念が、キャリア・アダプタビリティです。
キャリア・アダプタビリティは、診断結果だけで適職や転職時期を決めるための言葉ではありません。仕事選びで足りていない行動を見つけるための枠組みとして使うと、漠然とした不安を、確認できる問いへ変えやすくなります。
キャリア・アダプタビリティは変化への適性ではなく対応のための資源
キャリア構築理論では、キャリア・アダプタビリティを、職業上の課題、移行、予期しない出来事に対処するための心理社会的資源として捉えます。代表的な尺度であるCareer Adapt-Abilities Scaleは、次の4側面を各6項目、計24項目で測定する形で開発されました。(sciencedirect.com)
- 関心:将来の仕事や生活を見通し、備えようとする視点
- 統制:自分のキャリアについて、選択と行動の責任を引き受ける感覚
- 好奇心:職種、働き方、自分の可能性を幅広く探る姿勢
- 自信:課題に向き合い、必要な行動をやり切れると見込む感覚
4側面は、どれか一つだけ高ければ十分という能力一覧ではありません。たとえば、将来への関心が強くても、情報を取りに行く好奇心が低ければ、求人票の年収や知名度だけで判断しやすくなります。反対に、業界研究を熱心にしていても、統制が弱いと感じる時期は、「調べたが応募はしない」という状態が長く続くかもしれません。
また、これは生まれつきの適性を確定する概念でもありません。関心、統制、好奇心、自信は、職場の裁量、相談相手、担当業務、生活上の制約などと切り離せません。今の自分に不足があると判定するよりも、次の一手を決めるための観察項目として扱うほうが実用的です。
研究で分かったこと
国際尺度研究では4側面の構造が示された
SavickasとPorfeliによる原著研究では、13か国の研究協力により、キャリア・アダプタビリティを関心、統制、好奇心、自信の4側面で測る尺度が構成されました。国をまたいで因子負荷の水準を比較できる程度の測定上の共通性は示された一方、各国の平均得点を単純に比較するために必要な、より厳しい水準の等価性までは示されていません。(sciencedirect.com)
この点は、海外の平均値を見て「日本の会社員は低い」「この国の働き方なら高くなる」と結論づけないために重要です。質問文の受け止め方、雇用慣行、転職の一般性、職場で許容される自己主張は国や職種で異なります。尺度は自分の状態を言語化する補助線にはなりますが、国際比較の順位や個人の優劣を示すものではありません。
日本では、塩川・保田・中原が、2023年2月にインターネットで調査した20歳代の社員1,034人を対象として、日本語版尺度CAAS-Jを検証しました。分析の結果、原著と同じ4因子24項目のモデルが高い適合を示し、全体得点の内的一貫性を表すCronbachのαは.97でした。ここから言えるのは、少なくともこの調査対象では4側面で捉える方法に測定上の一定の裏づけがあるということです。年代、雇用形態、業界を問わず将来の成果を予測できることまでは、この研究だけでは分かりません。(jstage.jst.go.jp)
メタ分析では、探索や計画と仕事の結果に関連がみられた
Rudolph、Lavigne、Zacherによるメタ分析は、2012年以降の90研究、92の独立サンプル、296の効果量を統合し、キャリア・アダプタビリティと行動・仕事上の結果の関連を調べました。補正相関では、キャリア探索・計画などの適応行動、職業自己効力感、キャリア満足、知覚された雇用可能性などと正の関連が報告されています。例として、キャリア満足との関連はr=.46、雇用可能性との関連はr=.54、離職意向との関連はr=-.30、仕事満足との関連はr=.23でした。rは1に近いほど強い正の関連、-1に近いほど強い負の関連を表す指標であり、ここでの結果は中程度の関連から比較的強い関連までが混在していると読めます。(sciencedirect.com)
ただし、この結果を「4側面を高めれば転職に成功する」「自信を持てば仕事満足が上がる」と因果関係として読むことはできません。統合された研究には横断調査が多く、もともと職場環境に恵まれている人ほど探索しやすい、仕事が順調な人ほど自信を持ちやすい、といった逆方向や第三の要因もあり得ます。実際、同メタ分析では、性格特性を統制した追加分析において、仕事満足についてはキャリア・アダプタビリティの上乗せの予測が明確でない結果も報告されています。(researchgate.net)
研究を実務に活かす際は、得点を上げること自体を目的にするより、探索、計画、試行という行動が止まっている地点を見つける使い方が適しています。
国内研究は、職場の安心感や役割の文脈も見逃せないことを示す
国内の研究では、キャリア・アダプタビリティが職種や職場の文脈と結び付く点も検討されています。川本・前田・松本は、総合病院で働く3年目看護師12人に半構造化面接を行った質的記述的研究で、将来を考えること、計画的に学ぶこと、仕事の要点をつかむこと、人間関係を築こうとすることに加え、頼れる職場環境を認識する「安心感」が抽出されたと報告しました。(jstage.jst.go.jp)
対象は看護師12人であり、一般企業の全職種へ数値として広げられる研究ではありません。それでも、本人の努力だけでは説明できない視点があります。異動直後、初めての顧客対応、専門性が高い仕事への配置転換では、質問できる先輩がいるか、失敗を共有できるか、役割の期待が明確かによって、情報探索や小さな挑戦のしやすさは変わります。仕事選びでは、仕事内容だけでなく、立ち上がりを支える仕組みも確認対象に入れる必要があります。
キャリア・アダプタビリティを仕事選びに翻訳する
4側面は抽象的に聞こえますが、求人選びや学び直しの場面では、次のように行動へ置き換えられます。大切なのは、4項目すべてを一度に完璧に進めないことです。今もっとも止まっている部分を一つ選びます。
関心は、将来の不安を条件の言葉に変える
関心が弱まっているときは、「今のままでは不安」と感じても、何が変わると困るのかが曖昧なままになりがちです。まずは3年後を当てようとせず、次の半年から1年で維持したい条件を三つ書き出します。
たとえば、営業職から事業企画に関心がある人なら、「企画経験をつくる」「顧客課題の分析を続ける」「月間残業の上限を守る」といった条件です。転職するかどうかは、その後に考えます。今の職場で一部を満たせるのか、転職先でしか満たせないのかを切り分けると、求人検索の軸ができます。
統制は、判断を先延ばしにしない小さな期限を置く
統制は、一人で大きな決断を背負うことではありません。自分で決められる範囲を定め、その範囲で期限を置くことです。
求人を見ても応募できない場合は、「今月中に転職する」と決める代わりに、「今週は求人を5件保存し、必須要件と歓迎要件を分けて読む」「来週は現職で得られる経験を職務ごとに書き出す」と決めます。行動の完了を基準にすれば、内定や年収のように自分だけでは左右できない結果で自己評価をしなくて済みます。
好奇心は、求人票の外側を確かめる
好奇心は、未経験職種へ無条件に飛び込むことではありません。自分に都合のよい情報だけで職業像を作らないための探索です。
たとえばSaaS企業のカスタマーサクセス職を検討するなら、求人票の担当業務に加えて、オンボーディングの期間、担当社数、目標指標、営業との役割分担、繁忙期、顧客からの要望を開発へ届ける経路を確認します。同じ職種名でも、既存顧客の活用支援が中心の会社と、解約防止やアップセルの数値責任が重い会社では、日々の仕事が大きく異なります。
確認したいことを一社ごとに増やすのではなく、比較表の項目を固定するのがコツです。仕事内容、期待される成果、育成方法、裁量、協働相手、働く時間の六つ程度で比べると、会社ごとの印象に流されにくくなります。
自信は、準備が整うまで待たずに検証を一回つくる
自信は、根拠のない前向きさではなく、できたことを確かめた経験から生まれます。未経験分野へ移るか迷うときは、資格取得や長期講座を先に決めるより、業務に近い小さな検証を一回置きます。
経理からデータ分析に関心があるなら、日常の集計作業を一つ選び、集計の目的、必要な数値、見せ方を整理してみます。人事から研修企画に関心があるなら、既存研修の受講後アンケートを読み、次回改善案を一枚にまとめます。成果物を作ると、関心が続くか、何を学べばよいか、今の経験のどこが活かせるかが具体的になります。
興味や価値観を整理したい場合は、興味・価値観診断を、職業を決める答えではなく、比較表に加える観点を見つける材料として使ってください。診断で「人と関わること」が上位でも、顧客折衝、社内調整、育成、支援職では負荷のかかり方が違います。結果を見た後に、実際の仕事場面を三つ調べるところまで進めて初めて、選択の材料になります。
研究の限界と当てはまらない条件
キャリア・アダプタビリティの研究は、変化に向けた資源や行動を捉えるうえで役立ちますが、現在の苦しさをすべて説明するものではありません。
第一に、尺度得点が低いことは、能力不足や意欲不足を意味しません。長時間労働、育児・介護、ハラスメント、人員不足、健康上の不調などが重なる状況では、将来を考えたり新しい情報を探したりする余力自体が小さくなります。この場合は、探索行動を増やす前に、負担の原因を仕事内容、職場環境、心身の状態に分けて確認することが先になります。今の仕事が向いていないと感じる理由を整理する方法では、この三層を混ぜずに記録する考え方を扱っています。
第二に、海外の関連研究の多くは、国、年齢、学校から仕事への移行期、雇用形態が異なります。日本語版CAAS-Jも、2023年に調査された20歳代の社員を対象にした尺度検証です。40代以降の管理職、非正規雇用、専門職、離職中の人に同じ水準で当てはまるかは、別途検討が必要です。(jstage.jst.go.jp)
第三に、研究で見られる関連は個人の結果を保証しません。たとえば求人を幅広く調べることは好奇心の行動になり得ますが、情報が多すぎると比較疲れで判断が遅くなることもあります。選択肢を増やす段階と、条件を絞る段階は分けましょう。情報収集は10社まで、応募候補は3社までのように、探索の上限を自分で設定すると、好奇心が迷いの増幅につながりにくくなります。
次の行動は、4側面のうち一つだけ選ぶ
今週中に転職するかを決める必要はありません。まず、関心、統制、好奇心、自信の中から、今の自分にもっとも不足していると感じる一つを選び、30分で終わる行動にします。
- 関心なら、半年後にも守りたい条件を三つ書く
- 統制なら、今週完了する求人比較の期限を一つ決める
- 好奇心なら、気になる職種の求人を3件読み、共通する業務を抜き出す
- 自信なら、関心分野に近い小さな成果物を一つ作る
職務経験、学習歴、これからの方向性を一枚に整理したいときは、厚生労働省が様式を定めるジョブ・カードも使えます。ジョブ・カードは、生涯を通じたキャリア・プランニングと職業能力証明の機能を担うツールとして位置付けられ、在職者や求職者の相談支援でも活用されています。全国のキャリア形成・リスキリング支援センターやハローワークの相談コーナーでは、ジョブ・カードを活用した無料のキャリアコンサルティングも案内されています。(job-card.mhlw.go.jp)
大きな決断の前に、自分の経験、価値観、働く条件をつなげて考えたい場合は、自分に合う仕事の見つけ方・完全ガイドも参照してください。キャリア・アダプタビリティは、正解の職業を一つに絞るためではなく、変化の中でも自分で確かめ、選び直せる状態をつくるために役立つ視点です。